ヘラブナ審議委員会

私はジャンル問わず釣りを楽しむ人が増えてほしいと思うし、あわよくばヘラブナ釣りの楽しさを知ってくれる人も増えてほしい。人が増えれば、いい悪いは別として、おのずと世代交代やスタイルの変化が起こるだろう。

ルールは当然守るべきものであるが、マナーとなると話は難しくなる。その線引きは人や地域によって変わるからだ。

で、マナーというのは、お互いの快適性を保つとか、社会性、ゲーム性を損なわないための不文律であり、可能な限り初心者の方にも周知していきたいものである。しかし、ある程度沼に入らないとその存在に気付かないようなマナーもあるし、「誰かの個人的な好みなのかマナーなのかがあいまいなもの」まである。

厄介なのが、それを突然人に押し付けようとする「ヘラブナ審議委員会的なもの」の存在である。

ヘラブナ審議委員会(命名俺)

格式を重んじる、的なあれである。いったい誰のために?

例えば、カッツケ釣りなどはその存在自体を忌み嫌う人がいる。また、そのようなアタリの早い釣りで竿掛けに竿を置かず、手持ちでアタリを待ち構える釣り方もあるが、それも邪道だという。まあ気持ちはわからないでもない。味気ないという感想もわからんでもない。でも、規定でOKなら、嫌ってもいいけどやめさせる権利は誰にもない。実際必要とあらば私も高いタナで釣るが、やってみたら結構難しいものだ。

もっとすごいのになると、振り込みはウキより前に餌が入るようにしっかり振り切るべきで落とし込みは邪道とか。あとなんかあったっけ。二段あわせとかか。確かに必要以上にばちゃばちゃやられると嫌な気持ちがしないわけではないが、管理釣り場に限って言えばある程度の水をたたく音程度で全く釣れなくなるような魚だろうか?とも思う。

ともかく、これらはルールによって制限されていない限りは各自の好き好きの範囲だと思うし、一方でそれらの動作が気に入らないのなら自分がやらなければよいだけのことである。自分の中で「格式高く」釣りと向き合えばよいのである。

そこをどう勘違いしたか、「だれそれは品格がなってない」「こういうスタイルは邪道だ」などと「攻撃として」言い始める人がいる。まるでサンデーモーニングの「かーつ!かつかつかつ!かーつ!」である。この国には言論の自由があるので発言は自由だが、はっきり言って、それに対して委縮する必要なんてどこにもない。

個人的な好みを人に押し付けるのはよろしくない。人の心や流儀に土足で踏み込んではならないし、それにわざわざ付き合う必要もない。特に、大きくルールから逸脱していない限りは初心者に対してそのようなマウントをとるのは格式以前の人としての問題なので黙っててほしい。それに、せっかく入ってきた人を暖かく見守ることができないのなら業界の衰退を加速する存在である自覚を持ってほしい。

王道、邪道といい始めたら何でもありになっていく。自分の中のモットーとしてどのようなポリシーを持つかは自由だが、それを共通認識として受け入れてもらえるかどうかは別問題だ。自他の分離ができない人はしばしばここを越えてしまう。「よそはよそ、うちはうち」である。

ヘ審委の何が困るのか

全くの素人は、このような連中にからまれることはないと思う。むしろ危険領域は、少しヘラブナ釣りの道具も揃ってきて、楽しさがわかってきたころだ。そういう「今後のリピーター様」に対してからむのがまずい。30代くらいまでのヘラ師は一度や二度は「大御所様」に嫌な思いをさせられているのではないだろうか。ここからの離脱者を出すということは業界全体の首を締め上げる行為に等しい。

多少釣行を重ねてきたころに自称ベテランに粘着され、「~ねばらならない」が多すぎて嫌になってしまったりしないだろうか。

せっかく、せーっかく、このマニアックな世界に興味を示してくれた人が釣りと関係ないストレスで離脱することほど悲しいことはない。若手も含め多くの人がよりたくさんのヘラブナ釣りファンを増やすために地道に手弁当にて活動しているのだが、それにブレーキを掛けられては困るのである。(すみません、私の場合は仕事として引き受けているところもあるので私の場合はボランティアではありませんけども。。。

そもそも、そのスタイルってのは「よりよく釣るために」進化したものでは?

竿掛けに竿を置くのも、二本バリであることも、本来はそのほうが釣りやすいから定着したスタイルだったと考えるのが自然ではないだろうか。機能を追求した結果、一種の様式美が成立したのだと思えば、その道具の一つ一つの置き場所まで洗練され、茶道のような無駄のない美しさになるという感覚もわかる。実際、うまい人の釣り座を観察すると長年の経験やその人の癖が見え隠れするのが非常に面白い。

スタイルについて、その心はあくまでもより釣りに集中するとか、釣りやすいとか、釣れるとか、周囲にプレッシャーをかけないとか、そうした部分にあると思う。

大事な原理原則は、人と魚に極力優しく、である。まずそこが大事。

格式を叫ぶならまずマナーの悪いベテランをどうにかしてくれよ

池への立小便、たばこやごみの投げ捨て、住宅街の釣り場で早朝から大騒ぎ、野池での外道の不法投棄など釣りマナー以前の問題である。まず非難すべき対象はこういう連中ではないのか。本ブログでも「ヘラ師のマナーが悪い」という指摘がなされている。若手、ビギナーに物申す前にまずはそっちだろう。

いくら釣りスタイルにこだわりを持っていても、不法投棄や騒音などで人に迷惑をかけていては全く尊敬に値しない。

だいたい、ある程度釣りこむようになると、より洗練された所作、釣り方を求めるようになるものだ。その時にお手本となるものがあれば、勝手に真似されるだろう。黙っていても真似されるものこそがあり方として美しいと思うが、いかがだろうか。

間口は広く、そして奥行きは深く。

ただでさえ、初心者はベテランが並んでいる釣り場に行くのに気が引けるものである。しかし一度きっかけをつかめば驚くほどみんな優しいし、何でも教えてもらえる。私の場合はようやくそういう機会に恵まれた。この連鎖を続けていきたい。

手軽だけど、奥深い。それがヘラブナ釣りの最大の魅力だ。

釣果はさておき友達と一日しゃべりながら過ごしてもいいし、真剣に数を追求してもいい。一発大物を狙って孤独にダム湖に入り浸ってもいい。人の数だけ、向き合い方がある釣りだ。そうしたおおらかさと奥深さを失ってしまったらますますこの釣りの未来は暗くなる。

どうか、おおらかに釣りを楽しんでください。

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