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ドブログも6年経過していたなあという話

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このブログを始めたのは2017年の10月。気がついたら6年が経過していて、すっかりその事を忘れていた。

最終的に釣りに関係する業種において自分のスキルで貢献するという野望を薄くもっていたが、3年でそのポジションを獲得し、その活動も3年半が経過した。目覚ましいものもあれば地道に一歩一歩というものもあるし、正直失敗だったこともあるけど概ね良い方向に向かっているはずである。

先日も辛口さを指摘されたので多くは語らないが、まあその過程でも不愉快なことは色々あって、ある意味これは通過儀礼だと割り切って入るものの精神的にしんどいことは少なくなかった。それでも、今では尊敬できる先輩や仲間によって引き上げてもらい、自信を回復しつつある。

最近気づいたのは、社会や世の中、そして人は私がこれまで思っていたよりもっと親切なのだ、ということ。

子供の頃からの教育の目覚ましい成果として、私は社会は怖いところ、厳しいところ、生きることは苦労、家族はつまらないもの、人は裏切るもの、という刷り込みがなされている。これを取り除くための戦いがもう何年も続いている。たぶん、えいやと新しい世界に飛び込んでしまったほうが楽しく、楽に生きられる気がする。ようになった。

とにかく悲観的で周到な性格は私個人を幸福に導くには邪魔ではあったが、その能力はコンサルタントとして時に楽観的すぎる状況に警鐘を鳴らすために役立っている。せめて有効活用したい。

そういえば、ここ数年の努力の結果か、良き仕事、パートナー、顧客に恵まれることが増えた。本当にありがたいことで、会社の看板もない、どうやってアピールしても怪しいおじさんでしかないフリーのIT何でも屋を信じてもらえ、そして評価してもらえるようになった。その一方で、古くなってしまった関わりでは惰性でのお付き合い、無効になったマウンティングに対してどう対応するかを迫られている。

無効になったマウンティングとは、私の性格や能力、経済的な弱点を指摘して「仕事を出してやろう」という態度だ。もはやそういう形でしか私を引き止められないと、誤った判断をしてしまうのだろう。ただ、仕事内容と予算だけ伝えてくれれば済むものをわざわざ人格批判を乗せてやらないといけない意味がわからない。「お前の作る飯はまずいけど買ってやるからパスタ作れや」なんて言われて旨いパスタが出てくるはずもない。

私がいまいち自信を持てずにくすぶっている期間が長すぎて、それを乗り越えようと動けば、後ろから「男の嫉妬」が飛んでくることがある。そして、尊敬する仲間たちに対してもそのような見苦しい嫉妬を正義感のハリボテに乗せてもっともらしくぶつけてくる様子を何度も観測した。

それはそれとして、どんどんやれること、やったことが増えていき、続けて使ってもらえることが結果だと思うね。

おっと、やっぱり辛口がやめられないw

チンケに見えるかもしれないが私なりの挑戦は続く。

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