あなたは釣り場で水死体に出会ったことはあるだろうか?
私はある。
最近はあまり知名度のないヘラブナの釣り場である湖だ。いわゆる管理釣り場ではない。そこで結果的に第一発見者にされてしまった。
あなたがもし釣り場で不幸にも水死体を発見してしまった場合に何をすべきか、どのような流れになるのかを紹介したい。
先に流れだけ書いておくと、
消防、警察に通報
「回収」に立ち会う
事情聴取
遺留品との記念撮影
連絡先をきかれた後に解放
という流れになる。明らかに死んでいる死体を発見した場合は速やかに警察に通報しよう。わからなければまずは消防。見て見ぬ振りだけはやめるべきだ。
ある蒸し暑い日、茂みの中に分け入りへらぶな釣り
野釣り場で昔は名を馳せた、山中の鬱蒼とした湖で釣りをしていた。その釣り場に来たのは初めてなのだが、なんとなく良さげなポイントを探し、結果的にヤブを分け入った先にあるワンドで釣座を構えた。
ひぐらしの泣く真っ赤な夕焼けがやってくる。山の夏のおわりの夕焼けはどことなく不気味で怖いと思ったことはないだろうか。真っ黒い山かげ、真っ赤な空、ひぐらしの蝉しぐれ、ベタつく汗、鏡面のように静まり返った水面に反射する空飛ぶカラス。
その時は不意にやってきた。
突然背後から話しかけられる。
「あの、ちょっとよろしいですか」
突然過ぎてびっくりする。釣り場で話しかけられるのは、普通「釣れますか」とか「こんにちは」とかだろう。よろしいですかとはどういうことだろうか、と思った。なにかめんどくさいことに巻き込まれそうで怖い。しかし無視するわけにも行かない。振り返るとバスロッドを小脇に抱えた30代なかばくらいのやや大柄な男性が立っている。ビビりつつ言葉を返す。
「どうしたんですか」
「私も釣りしてたんですが、あっちで水死体みたいなものが浮かんでいるので一緒に来てもらえないでしょうか」
釣り公園や漁港ならまだほいほいついていくと思うが、人の気配のない山奥の湖で、周り中深いヤブに覆われていて、迂闊についていくのも怖いような状況である。思わずその人をまじまじと観察する。
が、どうやら本当に釣りに来た人だろうということで判断がついた。釣りをする人と釣りをするふりをしている人というのはよく観察すれば見分けが付きそうなものだからだ。CMとかで釣りの格好をしているタレントが嘘くさく見えるあれだ。彼はマジでバス釣りをしている感じだった。
「間違いなく死んでいるんですね?」
「間違いないと思います」
「すみません、じゃあ道具を片付けるのでちょっとまってもらえますか」
いざトラブルに巻き込まれたとしてこの人と格闘して逃げられるだろうか。そんなあまりに失礼な最悪の想像をしつつ、釣座を片付ける。
そして彼と絶妙に距離を取りつつお互いの車に戻り、その現場へ向かう。
その場所はちょっとした公園のようになっていて、湖にせり出したテラスから40メートルほど沖合を見ると何かが浮いているのが見えた。
「あれです」
確かに、水死体である。うつ伏せに浮かんでおり、腰から上だけが水面に浮いていて下半身は沈んだままだ。どうやら老婆である。顔の部分も水面まで浮かんでいて耳より前が水没した状態。そしてその耳のあたりにびっしり藻がひっついている。ああ、これは死んでいるな、と思った。
すでに湖の半分以上が山の陰になり、薄暗くなった水面に浮かぶ水死体。ひぐらしは相変わらず景気よく鳴いている。
「どうすればいいんですかね」
男は言う。
勘弁してくれよ、あんたが第一発見者だろ、と思ったが、埒が明かなさそうなので自分で警察に電話する。まだスマホが一般的になる前の時代だ。
【事故ですか、事件ですか】
この場合どっちだろうか??
「えーっと、すみません、この場合どっちになるかよくわからないんですが、水死体を発見しました」
【結構時間がたった感じですか?間違いなく死亡していますか?】
「間違いないと思います。体に苔がまとわりついてますので」
【わかりました。すぐに警察官が向かいます。あと、消防の方にも連絡して下さい】
(あ、それは自分でやるんだ・・・)
続いてレスキューに電話。
【消防ですか、救急ですか】
「この場合多分救急になると思うんですが、水死体を発見しました」
【あの、間違いなくお亡くなりなんでしょうか】
「間違いないと思います。コケまみれですし」
【警察の方には連絡しました?】
「しました。全く同じやり取りもしましたし」
【すぐにレスキューが向かいますがその場で待っていて下さい】
なんで俺がこれやるんだろ。。。と思いつつ、見ず知らずの第一発見者と警察、消防の到着を待つ。
まず警察官がやってきた。めちゃくちゃ高圧的な、梅沢富美男似の私服刑事も一緒だ。刑事なんて見たことなかったが、本当にいるんだ、とぼんやり思っていた。
「で、あんたが第一発見者?いつ見つけたの?」
経緯を説明している間に消防もやってきて、すぐにボートで水死体を回収してきた。テラスにブルーシートを広げ、水死体を横たわらせようとするが、水を吸っているからか思ったより重かったらしく、どすん、とやや落下気味に寝かされる。所持品、所持金を広げる。同時に警察官は周囲を捜索する。
その間我々は事情聴取される。職業、年齢、住所、なぜここにいたか、いつ死体を見つけ、どのように対処したかなど。梅沢富美男似の警官は実に横柄である。一方制服の警官は実に物腰は柔らかいのだが。
横目で見ると、ブルーシートに並べられた彼女の所持金は驚くほど少なかった。
そして、捜索していた警官によって近くで揃えられた革靴が見つかった。サイズ感といい、その人のもので間違いなさそうだ、ということになる。
我々はその遺留品それぞれと並んで写真を撮影される。私もこれを見ましたよ、というエビデンスのためらしいが、身元不明の、おそらく自殺の水死体の遺留品と並んで写真を撮るのはあまり気分のいいものではない。
いや、身元がわかっていようが、自殺だろうが他殺だろうが関係なく気分がいいはずもないのだが。
「こういうときは帰り道、気が動転して危ないですからくれぐれも安全運転で」
警官に見送られ、その釣り場をあとにする。ただでさえ鬱蒼として見方によっては気味の悪い湖なのに、こんな事があってはもう行く気にもなれない。その後私はその場を訪れていない。そして、その後水死体についての後日談はまったくないままだった。おそらく入水自殺だったのだろう。少しあの人を不憫に思った。
あれから夏の夕暮れの湖が苦手だ。